anima【岩波真】

THEATRE E9 Air
オープニングプログラム

anima【岩波真】

この春から初夏にかけて近しい友人がいっせいに子供を産んだ。親になる友人たちはまだ見ぬ子供の名前を考えていただろう。その子供達が新生児から徐々に人らしい表情になってくるのインスタで垣間見つつ、私はこの企画のためにまだ見ぬ人物の名前を考えていた。せっかくだから検索しても同じ名前が出てこない名前にしよう。なおかつ突拍子もない名前じゃなくて、どこかにぽっといそうな感じがいい。「真」を先に決めた。男でも女でもいい名前がよかった。それから日本の苗字ランキングを参考に真に合いそうな名字をひたすら探す。検索に引っかからない名前を探すのは思いのほか大変だった。今度こそいないだろうと思っても大体の名字の真さんはすでにいらっしゃるのだ。検索に引っかからないだけで岩波真さんは過去にいたかも知れないし、ご存命かも知れないので、このこだわりにはあまり意味がなかった気もする。
でもそれはもういいとして、この度の様々な活動自粛、三密を避け社会的距離を保つ生活において、離ればなれの体が生殖ではない仕方でひとつの体を作るということが思い浮かび、この作品を作るに至ったのでした。animaの岩波真にはまだ名前以外のなんの設定もありません。観客の皆さまの投稿される言葉によって肉付けされていきます。この過程を「受肉」と呼びます。その後俳優の体を借りて岩波真に形を与えます。この過程を「入魂」と呼びます。
以上の行程を経て最終的に岩波真は映像となって観客の皆さまのお目にかかります。

【出演】 伊藤彩里
【演出 撮影 編集】 増田美佳

【受肉券販売期間】2020年6月2日(火)〜6月23日(火)
入魂期間を経て
【映像配信期間】2020年8月3日(月)〜8月9日(日)
※チケットの販売は8月8日(土)まで 
チケットをご購入いただいた方に8月3日メールにて映像視聴のためのURLとパスワードが送信されます。

チケット購入方法はこちらから

主催|mimacul
協力|THEATRE E9 KYOTO(一般社団法人アーツシード京都)


●●●受肉に参加いただいた方々の感想●●●

私は受肉券は設定かナレーションで使われるもので、改変されると思っていたので少し外した下記内容を書いていました。
【1.岩波真 人物像】岩波真はパチンコ中毒である
【2.岩波真 行動】11時10分 指輪を担保に質屋でお金を借りた
受肉券で投稿されたものが、そのままセリフとして使われ、忠実に映像化されている事に、再生しながら気づきあせりました。私の書いたシーンが始まると、お互い様ですが、他の受肉参加者に見られているんだという事を感じ、一人で見ていたのに声を出して照れ笑いしてしまいました。自然に他の観客の存在を感じたり、モノクロや固定カメラの制約が劇場の制約ある視点にも重なるようで、劇場の表現を映像の中に感じました。受肉券の適度な例示から始まる真摯に言葉に向き合う丁寧な作品製作を一体となって体感する事ができ、初めてmimaculの作品を観たのですが、好きになりました。

「毎朝1分半倒立する。」「この世で1番父親がこわい。」の受肉者です。作品のはじまりの朝倒立から、いきなり私の分身のような気がして作品にめり込んだ。いろんな方々の受肉がとても面白い。岩波真という1人の人物の多重さが、むしろ人間に元来備わっている自然そのもの様に思えた。「テニスがうまい」と「竹内栖鳳がすき」には吹いた。白いシャツで分け入る植物や、水のなかのオオサンショウウオが際立つモノクロ映像も美しい。むしろ多様さに色味を感じた。岩波真の内には何人いるのだろう。受肉者たちは互いに話したこともなければ会ったこともない。しかし、岩波真を通して確実に重なり合い交流した不思議な気分。これはまさに、このコロナの時代に必然な芸術といえるのではないか。作品として、ほんとうに素晴らしい成立!個から宇宙へ。私たちから岩波真へ。

岩波真楽しく視聴させて頂きました。
受肉された皆様のアイディアに感心したり、笑ったりしながら楽しく観させて頂きました。また自分の考えた要素が映像として、反映されている事も素直に嬉しかったです。1日の中に色んな要素を詰め込んで、破綻しないのかと勝手に心配している部分があったのですが、数日を経過する中で、ルーティンになるものから、一回だけやる行動など、トータルとして上手くまとまっており、演出方法が良いなと感じました。岩波真は社会の中で明確な指標もなく、その時々の感覚で生きている人物のように見え、奇妙だけど、実際にこんな人物がいるのではないかと思える存在感を持っていました。
気になった箇所は役者さんの持っている個性です。受肉によって生まれたというコンセプト以前に存在している役者さんの個性を意識的に排除しながら視聴しようとしている自分がいました。生身の人間が岩波真を演じる難しさを想像しました。正解は自分にも分かりません。今回、初めてネット配信でアート作品を視聴する体験、受肉という形で内容に少なからず関わらせて頂く体験をさせて頂けた事を嬉しく思います。今後もmimaculの行う企画を楽しみにしています。

【岩波真】の感想です。主語+述語で完結したシンプルな短文=寄せ集めのフラグメントを、肉片を張り付けるように一人の人の骨格に張り付けていく作業だったと思う。見る者は映像の中に現れるそれをおのずと人格をもった「人物」として受け入れて見ている。一個の身体のもとにバラバラのフラグメントが意味あるものにまとめ上げられた、身体とはかように強力なコードであるのだ、ともいえるし、もともと「人格」」とか「人物像」などというものは、ときどきの動作や行動や意思や感情や欲望や瞬間のふるまいの構成物に過ぎないのであろうとも思う。確かさと揺らぎの間を生きている感覚。今日も生きているがどこへも行かない・行けない感覚が、京都の町の空気の底を泳ぐように生活する身体感覚にも、コロナ禍にあって欲望のあれこれを断念しつつ、かろうじて明日も生きるしぶとい生命感にも通じている、と思える。