そこら辺の春の息吹を血肉にする方法 4

そこら辺の春の息吹を血肉にする方法 4

八重桜の花が終わる頃に葉を少しもらってきて塩漬けにしておいた。
生の葉からはほとんど感じ取れないのに、塩漬けにすると桜餅のあのにおいがしてくる。人工的な香料を使わなくても桜餅の印象がこんなにはっきりと漂ってくるのかと驚く。甘いけれどバニラのように鼻の奥にまとわりついて残るようなしつこさはなく、鼻腔を通過すると舞い散ってはらはら腑に落ちていく粉っぽく陰った甘さがある。この甘さの腑に落ちるという感覚は懐かしさにも似ているけれど、幼少期を思い返す懐かしさとは少し違っていて、それにあたる言葉を探すと、ゆかしいというのがどことなくしっくりくる。
それは私個人の時間軸の記憶よりもっと以前の、血の中の、外の、姿のない人々の記憶が反応しているようなそういう感覚で、私がいま知覚することから広がる過去の奥行きを想起させる。そういうことを感じるとき、桜を知覚することに対して受け継がれている根というようなものが、私のもとにも届いているように思う。
桜餅のにおいの主成分はクマリンといって、桜以外の植物にも含まれてる。特にクマリンの含有量が多いのは南アフリカ原産のトンカというマメ科の植物の種子、トンカビーンズで、豆を乾燥させるとクマリンが抽出できる。トンカビーンズの成分は95%以上クマリンだそうだから、実物を嗅いだことがないけれどもしも嗅ぐ機会があったら、まったく桜の印象と結びつかない黒いタガメに似た形状の乾燥した種子から桜餅が漂ってくる、という狐につままれたような体験をするに違いない。トンカビーンズはたばこの香り付けや1800年代には香水の原料に使われていたらしい。そうすると、私が足を踏み入れたことのない暑い国の誰かにとってもこのにおいは馴染み深いもので、私とは違うゆかしさを思うのかも知れない。桜餅からクマリンを和のイメージだと思い込んでいるけれど、場所が違えばまったくそうではないイメージでふちどられているのだろう。

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