KYOTOGRAPHIE 2019 金氏徹平『S.F.(Splash Factory』

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毎年初夏の頃に開催される「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」。京都の街に暮らしていると、KYOTOGRAPHIEと書かれた赤い幟をあちこちで目にする。一部の人のあいだでは、ああ今年も始まったと思える恒例行事として浸透している。昨年のKYOTOGRAPHIEのこともコラムに書いていた。
http://classroom-mag.com/column/imakokotoitsukanodokoka

昨年も同じことを書いているけれど、展示会場の一つである丸太町の京都新聞本社ビル印刷工場跡は父の職場であった。今年もまた展示があると2月頃父から聞いて以来楽しみにしていた。工場跡は天井高約21mの巨大空間で、内部の機械はすべて撤去されがらんどうになっている。新聞は2015年までそこで刷られていたけれど、現在工場は京都南部の久御山に移転している。
子供の頃、何度か連れてきてもらって輪転機が稼働している様子を見た記憶があった。特に昨年は20年以上ぶりに足を踏み入れて、時の流れへの感慨深さの方が優ってしまっていた。ちなみに昨年の展示はアメリカのローレン・グリーンフィールドという写真家の世界各国の富裕層を記録した作品だった。豪邸にハイブランド、アンチエイジング、生活も表皮もピカピカになった人たち。支払いが滞り建設途中で放置された邸宅などの写真もあった。大きく引き伸ばされたプリントとプロジェクションによる写真展示はかなりのボリュームで、黒ずんだ工場跡で写真に写っている人の姿がやたらギラギラして見えた。新聞という世の中をイメージする手がかりを刷り続けてきた跡地に、富む人のイメージそのままに刷り込まれて生きているような表面の生き様が並ぶ。表面はピカピカだけれど、どこかグロテスクに見えた。

今年は『S.F.(Splash Factory)』と題された金氏徹平による展示。中に入ると薄暗い空間で照明の色が絶えず変化し、いろんな音が響いていて印象はなんだか賑やかだった。工場跡の黒ずんだ空間の雰囲気も手伝って、人類滅亡後に模倣された遊園地のような趣がある。観客の導線上にはいろんな色水の入ったペットボトルが並べられ、照明が変化する毎にさまざまに反射し周囲の表情を変える。中央付近にはチューブから絞り出したままのインクの形状をプリントして、そのラインにカッティングした木のパネルを組み合わせたオブジェが並んでいる。数年前に見た金氏氏の美容雑誌などから切り抜いたファンデーションや口紅、ネイルカラーの垂らしたものを切り抜いて構成したコラージュを思い出す。過去作品の漫画の背景に使うスクリーントーンを大きなパネルにプリントしたもの、既製品のプラスチック製のものたちを積み上げて上から石膏を流しかけて固めるオブジェなどを思い返してみると、素材から何かを創出するというより素材のテクスチャー自体に形が与えられ、流動感を伴ったフォルムを取り出す手法がよく用いられている印象を持つ。
導線上には仮設の階段を上がって少し高い位置から空間を見渡せるようになっているところもあって、昨年は見ることができなかった角度から工場跡を望むこともできた。上方の壁面には印刷工場で新聞紙が規則的に流れていく様やインクがゆるゆると落ちていく様子などを撮った映像がプロジェクションされていた。機械の規則的な運動には見飽きない美しさがあって、工場見学的喜びを感じる。現在京都新聞を刷っている久御山工場にヒゲのお兄ちゃんらが撮影に来た、と父が言っていたのは金氏氏だろうか。
また、去年の展示ではほぼデットスペースとなっていた工場跡の奥行きも照明と映像と音の装置を用いて体感できるようになっていた。入口から入って奥に進むと、観客の立ち入れないゾーンにまだかなりの奥行きがある。作品として扱われるものからは表面、テクスチャーが形を持つという立体感を受け取るけれど、展示会場自体も場をより立体的に感じられるよう工夫されている。照明、音響、映像と作品の関わり方を見ていると、金氏氏が近年舞台芸術のフィールドでも作品を発表する機会をもっていることも展示の中に生かされているように思った。
普段美術展などを見ないゴルフが趣味の父に感想を聞いてみると、静寂していた工場跡に印刷の息吹が溢れていた、そこで働いていた人たちの活気を思い出したと、言っていた。
金氏氏は写真家とは名乗っていないけれど、プリントするという方法において、何を撮るかよりも、写す、刷る行為そのものから既にあるものの認識を刷新する手法において写真という行為と関係している。今回は空間自体が印刷工場跡であること、イメージの生産工場であり、はじまりは紙とインクである新聞の、情報伝達機能以前のものの時間が工場跡において上演されているようだった。

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