荷づくり

nizukuri

12月になったと思ったら次の瞬間にはきっともう大晦日、というくらいに疾走の予感が既にしている師走。

引っ越しの準備をしている。荷造りをしたことのある人なら誰でも「押入れの奥に眠っている捨てることの出来ないものが入ったままの段ボールから発掘される種々の思い出」という罠にかかって片付けがはかどらない経験があるに違いない。
それほど思い入れがあるわけでもない捨てそびれた微妙なものも出てくる。何かが漏れ出して白く結晶している乾電池、ほとんど使っていない伸びはじめの髪の根元を染めるスプレー式のブリーチ剤、何のために買ったのか思い出せないチョーク1ダース、デジタルメトロノーム、白い印画紙の束、硯、1人暮らしを始めたばかりの頃うれしくて集めていた電気料金の感熱紙。
けれど時間を取られるのはやっぱり日記、写真、手紙。
日記をめくって数年前の今頃は、雨上がり、イチョウ並木の黄色い道を、自転車で派手に滑ってこけていた。濡れたイチョウはバナナの皮なみに滑る。
フィルムで撮らなくなってからはちゃんとアルバムにもしなくなって、気まぐれにプリントされた写真があちこちからぱらぱら出てくる。写っている数年前の紅葉、縁の遠退いた、名前の思い出せない人、死んだ人、死んだ犬、死んだ猫、パーマをかけていた私、前髪のあった私。
手紙を読んで捨てていく。
10年以上前にもらった丁寧なアドバイスは今も有効だったり、絵のうまい友達の手紙は挿絵に気合いが入り過ぎていてまたしても捨てられない。
書き損じの文章を消したのがそのままというか、普通は下書きみたいなものを送ってきた人がいた。手紙はある程度残しておかれることを想定するから後に読まれることがあっても恥ずかしくないように書いてしまう。手紙の心意気でメールを送るときは何度も消しては並び替え、筆跡はゴシック体に整えてもらって手の痕跡は見えない。フォントの背後に私は見え隠れしている。けれどその手紙はまるで全部が素っ裸で、その人物のどうしようもなさそのもので、数年経過してもなお読むと動かされる。別にラブレターでも何でもなく、感動的なことは何も書いてない近況報告なのに動かされる。それもまた箱にしまった。
そんな捨てられない手紙を誰かに送れたことがあるだろうか。

穴とドーナツと私

donuts

いつもかばんに入っている文庫本は、なんとなく先に読んだ本などに導かれて次の本に出会うけれど、その流れがふと途切れて読むものが見当たらなくなった。読みたかった本や人に薦められたものがあったはずなのに読書迷子になることがある。かばんに本が入ってないと落ち着かないので家にあった世界の貧困について書いている本をかばんに入れて出掛けた。
用事と用事の隙間にできた1時間半くらいの空白に、どこか適当な店を見つけて入る。数十分外を歩くだけでもう冷えが来て温かい飲み物を胃に入れたくなる。

貧困の本にはアフリカの食べるものも着るものもない村で支援活動に訪れた日本人が、もともと何色だったかわからないTシャツ1枚の少女に着替えをと合う服を探して、日本から届いた古着の物資を開けてみると目に付くのは、お誕生会とか発表会の子供用のパーティードレスや、入学式、参観日用の母親のスーツ、といった持ち主にとって不要となった普段着としては役立たない衣類だったそう。飲み水も十分にないカラカラの日照りの下で子供用ドレスのポリエステルサテンのピンクやブルーがてらてらしてレースに縁取られ、照りつける日差しにスパンコールが反射してきらめくのを想像する。傍には垢色に染まったそれも支援物資で届いたであろう大きすぎるTシャツをまとった枝のような少女がいる。

飢餓には2種類あって、カロリー不足でやせ細り目がぎょろっとした骸骨の形相になるのがマラスムス、もうひとつタンパク質不足でお腹が突き出て顔や手足も浮腫んで太ったように見え、人種に関わらず髪が金色になるというクワシオコル、というらしい。そこを読んでいるとき私はミスドにいて、フレンチクルーラーかオールドファッションで迷って、子供の頃好きだった甘い黄色い粒々のゴールデンチョコレートなどを横目に、最終的にオールドファッションに落ち着いて、かじりながらフレンチクルーラーの軽やかさにやや未練を感じつつ、カフェオレを飲んでいた。ミスドのカフェオレはおかわり自由なので空いたカップを差し出せば温かいカフェオレが何杯でも注いでもらえる。カフェオレ色の水を飲んでお腹を壊して死んでいく人びとのことが書かれている。カフェオレでお腹が暖まった、免れた自分にあらかじめ含まれる罪が漂ってくるのを嗅ぎながらドーナツを食べ終わる。
ドーナツには穴がある。穴は実体ではないけれどドーナツを食べてしまうと穴もなくなる。穴はドーナツをドーナツたらしめ、また穴はドーナツに支えられ穴として存在していた。
カフェオレをおかわりした。

House Houser Housest 2

house2

実家に帰るとテーブルの上に2つずつ包装されたロールパンをやたらと見る。スーパーでは見かけない袋で、給食で出されそうな雰囲気のこのロールパンは何かと母に尋ねたら、おじいちゃんが残すのだと言った。
祖父は1年ほど前に長年住んだ家から介護付高齢者マンションに引っ越した。
その部屋の壁紙は真っ白で、玄関もお風呂もトイレも引戸で手すりがあり、玄関からずっと段差がなく全面カーペット敷きになっていて、体の自由が効かないようになっても勝手のいいように作られている。お湯くらいなら沸かせる電気調理器付きの小さな台所と冷蔵庫も部屋にあって、冷蔵庫には祖父の好物、コーラや晩酌のアテになるものが入っている。机の上に置かれた和紙の貼ってあるペン立てや湯のみなどの小さいもの以外、それまで暮らした家にあった家財道具一式、大半の物を処分して移ってきたので、数十年に及ぶ生活の名残はない。私が今まで住んだどの部屋よりもきれいな新築のにおいに満ちたワンルームに祖父はいる。胃がんを切って以来痩せた祖父と真新しい部屋のコントラスト。カーテンのグリーンが澄んでいる。
そこに住むのは祖父の意思というよりは、痴呆の気配が漂いはじめた親を自宅の近くに住まわせて看ながら働きたいという母の意向だった。
三度の食事は施設の一階にある食堂で出されるので食事の支度はしなくてもいい。実家のテーブルに溜まっていたロールパンはそこで出される朝ごはんで、朝は米とパンが交互、さらにパンは食パンとロールパンが交互に出される献立らしく、ロールパンが好きではない祖父は、ロールパンの日だけ自分で買っておいた食パンを部屋のトースターで焼いて6階の自室から1階の食堂に運んでいるらしい。朝、パン皿のトースト片手にエレベーターに乗って降りていく祖父の姿を想像するとなんか可笑しい。
それで週に一度は様子を見に行く母が、行く度に祖父の部屋に持ち帰られた余りのロールパンを持って帰ってくる。
けれど実家に持って帰って来られたロールパンも食卓の隅で賞味期限が切れていることが多い。朝ときどき妹がそのロールパンに前の晩のサラダやチキンの残りを挟んで食べたり、寝坊して時間のないとき乱雑にかじられたり、ロールパンはなんとなくまばらに消費されたり処分されたりしている。
真新しい終の住処で祖父は週2回出てくるロールパンを、一生食べないつもりだろうか。

House Houser Housest

hikkoshi

引っ越しを考えていて、賃貸物件情報をよく見るようになった。間取りの図と室内写真を眺めながらまだ見ぬ家、そこで生活することをイメージしてみる。

駅から徒歩何分、二口コンロが置けるか、セパレートか、洗濯機置き場、収納、日当たり、ベランダ、敷金礼金、更新料、家賃の上限、そして何より猫可物件かどうか。
不動産屋に行って猫がいますと伝えると表情がやや曇る。何匹ですかと聞き返されて2匹いますと答えたら、2匹かーと不動産屋は悶える。
ただでさえ少ないペット可物件。可となっていても小型犬のみ可とか、猫も1匹だけとか、2匹というだけで住める家はほぼないような事態になるらしい。それで不動産屋は、その猫2匹って似てますか?と尋ねた。1匹は子猫のときにもらってきた灰色の縞で、もう1匹は数年前近所に迷い込んできたのを梅雨の前に放っておけなくなって家に引き入れた斑ら猫。2匹は猫であることを除いて全然似ていないのでそう伝えると、もし似ていたら1匹ということで入居して、仮に運悪く窓際で2匹日向ぼっこしているところを大家に見られても、似ていたら見間違いだ錯覚だ1匹だと言い訳する余地がありますから、とのことだった。そんな猫だましが通じるものだろうかと思いながら、苦肉の策を考えてくれる不動産屋への好感度は上がった。
不動産屋と車で物件候補をめぐる。
隠し場所から鍵を取り出し、何もない部屋に足を踏み入れる。抜け殻になった生活の冷えたにおい。入ってみればここじゃないということはすぐにわかる。だからきっとここだという部屋もすぐにわかるけれど、それはなかなか見つからない。

十年暮らした家の、ほとんど無意識のまま自転車をこいでいても着いてしまうくらい体に馴染んだ帰り道、見慣れていちいち風景と言うこともなくなった景色。馴染んだ場所から遠ざかるとき、馴染んだものを改めて眺める目、意識のフレームが組織される。それはカメラ越しに見るときに似ている。自分の居た場所が見える。「居た」場所という過去形にして、見る。「居る」ときに自分はそこに居るので近すぎてよく見えなかった。とある自分の居場所、世界の片すみに間借りしてある期間、縁あって住んだ場所。家がそこに、あった。

晩秋の台所

bansyu

唇がやたら乾燥するようになって、夕飯の献立を考えるのにまず土鍋の図が浮かぶ。
数年前韓国に行ったとき土産物屋で、日本人の作るキムチ鍋は水っぽい、なぜなら最初にキムチを炒めないからだ、この唐辛子粉とこのキムチをこのごま油で最初に炒めると格段にうまくなる、とセールスされながら教わった。それを参考にショウガとニンニクも擦って最初にキムチを炒めてからスープを注ぐ作り方が定着した。しめは中華そばが合う。
鶏団子鍋のときは鶏団子には花椒を効かせて、ポイントは笹掻きごぼう、最後にうどん。味噌バター鍋は鮭、キャベツ、きのこ、その場合は雑炊。楽で財布にやさしい白菜と豚肉を重ねて蒸す鍋。
寒くなってきた夜、夕飯を済ませて土鍋を洗うくらいの時間帯になると、台所になめくじが出る。何が目的でどこから侵入してくるのか、壁や床にひっついているのを一晩に一匹は見つけてしまう。ティッシュごしに触るのもイヤだったのがもう見慣れてしまって、なんだまたかと思う程度になっている。最初はつまみ取って窓から捨てていたけれど、あまりに毎晩あらわれるので同じやつなのかも知れないし、違ったとしてもこの方法では増える可能性を残してしまうと思った。それでキッチンペーパーに包んでその上から輪ゴムでぐるぐる巻きにして燃えるゴミに捨てることにした。もう何匹そうやって葬ったことか。私がなめくじだったらこのやり方を呪う。それだったらまだ塩で溶かされたい。むしろ溶けていくのは気持ちいいかも知れないし、できれば塩より砂糖にしてほしい。とにかくそんな業を増やしているので、天国があるんだったらそこへは行けない。なめくじのせいで。
効果的な撃退法があるだろうかと検索すると、夜行性、雄雌同体、家族で行動するので一匹見つけると数匹いるなどのなめくじ知識を得た。ビールのにおいに寄ってくるそうで、飲み残しのビールを容器に張って置いておくと朝には団体で溺死しているらしい。後処理の地獄絵図を想像すると実行に移せない。
そうやってなめくじの検索履歴を増やすさなか、ふと食べられるのだろうかと思ってしまった。なめくじはカタツムリの殻が退化したものらしいのでひょっとしてと思って調べてみた。やはり生ではだめで、でも火を通せばどうやら食べても害はないらしい。 なめくじと食べ方、という言葉が繋がるはずなかったのに、見慣れてしまうことは恐ろしく、拒絶を通過した先に対象への視野が広がると新たな角度からその対象を見る事ができてしまう。やっぱりエスカルゴバターが合うのだろうか。そんなことを考えているせいで、中華料理屋で炒飯を頼んだら付いてきたスープに浮いていた椎茸の細切りにはっとさせられたりする。

17日目の人

17th

妹が産んだ肺呼吸を始めて17日目の人は、母乳を吸うための顔の筋肉が発達したのか輪郭がちょっとシャープになり、目も大きく開くようになってきた。妹は自動的に、どんどん母乳を作ることができるようになり、その量は日々増えて、出産直後は滲む程度だったのが今は湧いて出る感じになって、脇の近くにあるそれまで存在を意識することのほとんどなかった副乳まで張っているらしい。牛になったみたいと妹は言う。
牛になった妹が17日目の人と同じサイズだった頃を覚えている。病院のトイレで3歳当時の私がどこへ行くときも連れて歩いていた人参を抱えた兎のぬいぐるみ、にんじんうさぎを忘れてその後見つからず、散々泣いたことも覚えている。お姉ちゃんになるんだから我慢しなさいと言われ、なりたくてなるんじゃないと、納得いかなかった。
17日目の人はとても好ましいにおいを持っていて、近くにいると安心する。初めて病院で会ったのは産まれて半日くらいのときだった。そのときはまだ感じなかった人のにおいがしている。頭皮から妹そっくりのにおいがしている。今のところ妹から分泌される液体のみを養分にして、それ以外のものをまだ口にしていないのだから当然かも知れない。妹のにおいは父のにおいに似ていて、だから17日目の人からは父の印象も漂ってくる。脈々としたものを本人の意図しないところで漂わせている。私が産んだのではないけれど私よりも先、先端に発生した人。
自分がどんな姿をしているのかまだよく知らないのだなこの人、と思いながらうごめいている姿を見ていた。目はこっちを見ているようなときも、髪の毛の色が他の部分よりも濃い、という程度にぼんやりしか見えていないそうで、自分に接する生きものの形状も、自分がいる場所がどんなふうなのかもはっきり見えていないらしい。17日目の人にとって自分という意識がどんなふうあるのかわからないけれど、そんな茫漠としたところにぽんと置かれたらめちゃくちゃ怖いし、お腹がすいているとかおむつが気持ち悪いとかの欲求以外にも泣く理由は大いにある。
選り好みの余地なく触れてくる者を全面的に受け入れるという状態にまず置かれるところから生きものは生き始める。それは30年ばかり生きてきた地点から見ればいきなり難易度が高いし、過酷に思える。でもそれが当然のはじまりだった。体はものすごく投げ出されている。生きることは身を投げる姿勢から始まるのだと思った。つぶさには覚えていない自分も経てきた過程を、もう生きなおすことはできないけれど、なぜこんなに産まれて間もない人を見ていたくなるのかは、この世界に投げ込まれたばかりの人の姿を見ていたいからだった。さらにそこからまとわりついたものや纏ったものの集積である私の状態がはね返って見える。

おでんの卵

oden

深夜に家のなかが出汁のにおいに満ちているのはおでんを仕込んでいるため。台所に立っていると背後に視線を感じる。出汁がらの鰹節を待っているにゃあと鳴くものの。大根とこんにゃくをそれぞれ下茹でして、そのあいだに出汁をとる。ゆで卵を作る。ほんとは牛すじも入れたかったけれど、いいすじに出会えなかったので今回はなし。おでんの卵をあまり好きじゃないと思っていたけれど、あのぱさぱさになった黄身に出汁をかけて食べるとおいしいことに遅ればせながら気が付いた。
ゆで卵。特におでんのゆで卵の表面がぼこぼこになっているのは許せない。茹でたあと冷水でしっかり冷ませばカラは難なくきれいに剥けると知っているのに、その日冷凍庫には氷がひとつもなかった。水にしばらく浸けてあら熱の取れたまだ完全に冷めてはいない卵を剥いてみたら、どう気を付けても腹立たしいくらい薄皮に白身が密着して剥がれてくる。その時間の不毛さと言ったら、何度か卵をそのまま握りつぶすかゴミ箱に向かって全力投球したい衝動に駆られ、その都度食べ物を粗末にしてはと鶏や養鶏場で働く人の姿などを想像し抑制しようとして、けれど養鶏場の飼育状況、卵生み機のようにきちきちに並べられた鶏の映像を以前見たことなども共々思い出されて別の意味でもナーバスになる。この10個198円白たまごM寸もきっと。触れば触るほどぼこぼこになっていく卵を見ながらちょっと死にたいような気持ちになってくる。1個1個手で包んだ餃子を焼くのに失敗して焦げ付かせ、皿に移すと皮が剥がれて大破し残飯みたいになってしまったときもそれとよく似た気持ちになる。
そしてこれがおでんに浮いていたら悪意があってのことかと思われても仕方のない様相のゆで卵が数個出来上がる。すぐさま包丁を手に取り、それらを真っ二つに割って黄身をえぐり出し、白身をまな板の上で叩き潰し、玉ねぎのピクルスも巻き添えにして、それらをあわせて胡椒とマヨネーズを投入し掻き混ぜて冷蔵庫にぶち込んで寝た。
朝それをトーストにたっぷり塗って食べた。おいしかった。
琥珀色になった大根とこんにゃく、厚揚げなどは土鍋のなかで柔らかな眠りに落ちている。夕方土鍋を火にかけ、おでんを揺り起こす。煮込まなくてもいい練り物類を加え、ソーセージ、焼売を足すと土鍋は溢れる寸前で、トマトをまるごと煮てみようと思っていたのにその隙はなかった。

ひと肌

人肌

日没が日に日にはやくなり、まだ夕方だと思っていたのに屋外に出ると急に風景が夜に押し出されていて、置き去りにされたみたいでなんかさみしい。
多少の厚着をしたつもりで出掛けたのに防寒も追いつかず、さみしいついでに羽織るものでも買ってしまおうと洋服などを見てしまう。買ったものをその場で着て帰る。でもそんなふうに出会ったものを案外気に入って長く着ていたりする。
温かいものを食べて暖をとる。うどんとそばだとうどんの方がより温まりそうな見た目をしている。きつねがしっかり甘い。
湯船のお湯は熱めに張る。住んでいる家が古いので脱衣所と浴室はもともと中庭だったところに増築したような造りで、トタン屋根には隙間があって屋内とは言えたぶん外気温と大差ない。湯船に冷えた体を放つとレトルトカレーになった気分がする。袋の中の、皮フの中身がお湯の温度で温まっていく。自分では開封できない中身が、たぶん詰まっているのだろうけど。むかし「人体の不思議展」で見た人体解剖標本みたいに。でもあれを見たとき、なぜ、どうやって人が生きているのかを知ろうとしてメスで切り開いていっても、その先にあるものはただ行き止まりの肉だと思った。中身の種明かしをされてもよくわからないまま既に生きていることにはかわりないし、よくわからないまま動かされている。器官の話しじゃなくてなぞの動力。時々そういうことに面と向かってあ然とするのが好きなのだった。
湯船から出たくない。そのまま湯船で湯気に紛れて航海に出て目を覚ましたら指がふやけきって気持ち悪いことになっている。お湯の温度も下がってきたので諦めて出る。それですぐ温まった状態で布団にはいればいいのに、取り立てて別にしなくてもいいような細々したことをやり初めてしまって、結局手足は冷えきっていく。
胸が苦しくて眠れない夜。
猫は寒がるけれど布団の中に入るのが好きじゃないので、掛け布団の上に乗ってくる。どうもみぞおちの辺りが落ち着きよいようで、そこを狙って座りにくる。首を起こすと目が合う。寝返りをうつと退くけれどすぐにまた戻ってくる。胸が苦しくて眠れない。猫4キロの重圧で。
秋はひと肌が、という定型句に則りあるいは乗っ取られ、ひとの肌が恋しくなる。誰かに触れる表皮は、機能を持ったバリアの皮フからやわらいで肌という皮膜になる感じがする。ひと肌と自分の肌の境界が接するとき、肌身離れぬ肌の内に私たちがそれぞれ隔てられたものであることを、ただうれしく思う。

リアルな他所

yoso

京都でやっていたアートイベントの展示でVRというものを体験できる作品があった。
VRヘッドセットという海女さんのゴーグルみたいな形の装置を着けると映像が見え、実際にそのときいる場所とはまったく違う場所にいるかのような立体感を伴った映像体験ができる、というもの。
展示があった会場は御所の傍で江戸中期からそこにあるらしい数寄屋造りの立派な庭のある建物で、受付に行くとまず庭をゆっくりご覧下さいと案内された。

庭を歩く。あちこちから放射状に広がる木の根で波打つ地面を苔が覆っている。その上に木の葉の隙間から光が点々と落ち、石の表面に地衣類が白い斑点模様を描いている。植物や石の配された場の静けさをもらってしんとなりながら飛び石を渡る。
そのあと建物のなかに通された。写真が数点展示されている。VRの映像は写真家とのコラボレーション作品らしい。VRの準備ができたと小さい座敷に案内される。四畳半くらいの部屋の真ん中に座布団とヘッドセットが置いてある。入った部屋の正面と右側は障子で右側にはさっき歩いた庭が見える。装着しながらそういえばVRってなんの略ですかと尋ねると「バーチャル・リアリティです」という答えが返ってきた。

ヘッドセットを装着すると実際の畳の上に遜色ない畳の映像が映って見えた。左側を見てくださいと言われて左を向くと、床の間の掛け軸の文字がはみ出して、空中に線を描きはじめていた。それから部屋の中がなくなり、外になって雨が降り風で木がしなっている。真上もうしろも、見回しても雨が降っている。動かない女がいる。画面が切り替わって右側の障子が取っ払われ縁側になり、さっき歩いてきた庭とは違う枯山水の庭が広がっている。そこへ空気人形のようなワンピースの女が凝固したまま飛んで来て、目の前を通過し青空に飛び去って行った。最初の部屋に戻ったと思ったら今度は背を向けて正座した女が目の前にいて、その周りには抹茶茶碗がいっぱい並んでいる。茶碗のひとつが触れそうな距離にあったので手を伸ばしてみたけれど、自分の視界に入るはずの私の手は見えず、もちろん茶碗にも触れない。

というのがVR初体験だった。それでそのあとぼんやり考えていた。
VRを着けているときに見たものは実際にはないのに、自分がその場所にいるかのような説得力を持った錯覚を起こさせる。360度見渡しても取り囲まれていて、錯覚に包囲されるような感覚になる。立体的に迫るイメージのリアルさを雄弁に主張してくる。一瞬説き伏せられそうになるくらい。
自分の手は視界に入るところにかざしても見えなかった。まるでそこにあるかのように見えている世界で私の体はないことになっている、と思った。
立ってはいけないらしかったので座ったままきょろきょろしていたけれど、身動き自体はかなり制限される。それはヘッドセットを着けたままやみくもに動き回ると床柱に膝をぶつけたり、障子に手を突っ込む危険があるからだけれど、その世界を見るということ以上に私はなんら働きかけることができない、という意味でもある。だから目だけ、視覚だけが抽出された気分で、その間まるで首より下の体は付属物のようだった。でもきっとそのうち首より下もVRの世界に引き込まれるシステムが開発されるのだろうし、もうあるのかも知れない。

けれど見えている世界がありえないくらいメタモルフォーズしてあらゆる場所に連れ出されても、一向に体は現実の方にぶらさがっていて、膝を打ったら痛いし青あざもでき、障子を破ったら怒られる。装置から与えられる体感がどれだけビビッドでも、やっぱりここにあってしまい、変幻自在にならず消えもしない体のあること、そのことが気になってくる。この置き去りになるもののどうしようもなさ。感想として残るのはむしろそんな素朴なことだった。

あまりある余り

ariamaruamari

ホットケーキ作ろうと思うときの意欲の約3割は、生地の残ったボウルと泡立て器とかを舐めたいという欲求に支えられている。
ホットケーキだけでなく、スポンジケーキを焼くとか生クリームを泡立てるとか、その作業も完成品も好きではあるけれど、汚れたボウルの洗い物が出ることをもしかすると何より心待ちにしている。へらできれいにこそげ取れるところを舐めるぶん若干残してさえいる。こういう表立って言えないような好物は決して店で出されるものではないし、自分で目的物をとりあえずは作って、副産物として得るしかない。舐める用のホットケーキの生地を作る、ではだめで、それには全くそそられない。あくまでも残ったもの、もうあとは洗うだけの、洗い物になったものがいい。なぜそんなものが好きなのかよくわからないけれど確かに美味しいと感じている。同じくカレーとかシチューの食べ終わった鍋も好物に数えられる。

何かの主目的のために出た副産物とか切れ端にどうも惹かれる。ここ数年使っている鞄も野球のグローブを作るときに出た革の端切れをパッチワークのようにつなげて作られている。革のわりに値段が手頃で強いし使いやすく、今では同じ型で色違いの鞄が3つあり、季節ごとに使う色を決めている。ちょうど9月までが青で10月から赤に変えたところ。

副産物ではないけれど、もともと誰かの持ち物だったものを着ている事が多い。よかったらと譲ってもらったものは、何よりそれが誰かから自分のもとに渡ってきたことにオリジナリティーを感じるし、愛着が沸く。例えば真冬に着ているダウンコートはとても好きな人からもらったもので、それも相まって温かい。
出産した友人が母親になる前に着ていたワンピースが着辛くなったからと譲り受けた。全体がマゼンタくらいの明るいピンクできれいだったけれど、袖を通してみると滅多に着ない鮮やかな色と肌が馴染まず落ち着かなかった。形はいいのでどうにか着る手段はないかと考えて、染める事を思いついた。簡単に染め替えができる染料が手芸用品店で売っている。あとはお湯と塩とバケツ。ピンクの上から何色を入れるか。実験精神で青を選んだ。染料と結構大量の塩をお湯で溶いてピンクのワンピースを青い液体の中に沈める。20分くらい休まずゆっくりかき回して45分置いてから濯ぐ。乾くのを楽しみに待つ。物干しに駆け上がり乾いたワンピースを取り込む。染まった色は赤みの強い紫で、ピンクのときよりずいぶんトーンは落ちていた。それでも着てみると色味を強く感じ、一度着て外出したら一日中そわそわしたのでまた染め直すことにした。今度は深い緑を入れた。そしたら小豆がかった茶色になってそれでようやく落ち着いた。

食べ物でもカステラ切れ端、割れせん、酒粕、おから、魚のあら、すじ肉などに惹かれる。値段が安いせいも大いにあるけれど、手間をかけたらその分おいしいものや、なんだか栄養のありそうなものが多い気がする。
でも例外もあった。祖母の作る昆布の佃煮がおいしいので、出汁がらの昆布をためておいて作り方を聞いたとき「そんなんうまみ出たあとの、仕事終わったもんで作ってもあかんで。出汁がらなんかためとかんと捨て。まず昆布はええの買い。」