前回書いたペインターシリーズのようにひとつのコンセプトで名付けられているばらは他にもある。例えば河本バラ園の出しているヘブンシリーズというのは、ミカエル、ラファエル、ガブリエル、ウリエルなど天使の名前がついている。名前だけ聞くと全部白かと思うけれど、ミカエルはスカーレットでラファエルはピンク、ガブリエルは白い。ルシファーというのもある。ルシファーは白にうっすらラベンダーがかかった一度見ると忘れられない引力のある花で、育てるのが難しいと言われている。まだ写真でしか見たことがないけれど、いつかこの堕天使を咲かせてみたい。
ばらに憑かれているが、人生で最初に名前を知りたいと思った花はばらではなかった。通っていた幼稚園の脇にあった水路の壁面につるを伸ばし、まるで機械じかけのような花を咲かせる不思議な植物が目を引いた。母に聞くと時計草と教えてくれた。それから20年以上経ち、自分で咲かせて傍で見るようになってからにおいを知った。松茸に似ている。
時計草は英語だとパッションフラワーという。このパッションは情熱の方だと思っていたけれど、調べると受難の意味だった。南米でこの花が発見されたとき、花の形状が磔刑に処されたキリストの図と見立てられ、そういう名が付いたそう。
軒先の壁面を這う時計草の下にオーニソガラム アラビカムという植物を植えていたことがある。白い6枚の花びらの中央に深緑がかった黒いぬらっとした花心のコントラストが印象的なユリ科の花で、知らない民家の軒先に植わっていたのをたまたま見かけ、近付くと冷ややかな芳香があった。その時は名前もわからなかったけれど忘れられず、何年かのちに球根売場で再会した。この花はキリストが生まれたとき空にあらわれて誕生を知らせた、ベツレヘムの星、とも呼ばれる。
ベツレヘムの星の上に受難の花が咲いている。そんな偶然の物語が玄関先に出来上がってしまったことがあった。