ばらは香りと色形で選ぶけれど、特に名前が気に入って選んだものもある。
粉粧楼というばら。フンショウロウと読む。中国のばらだと思いこんでいたけれど正確には1890年前後ヨーロッパ生まれで、その上むこうでは違う呼び名があるらしい。
粉粧楼の花びらは他のばらに比べるとかなり薄い。ティッシュペーパーの1枚を剥がした1枚くらい薄い。それを何枚も重ねた柔らかい密度のある白い花を咲かせ、中央だけ桃色がかって酔ったように色っぽい。クラシカルなばらの香りに少しクローブのようなスパイシーさが混ざる。花のつくりが繊細なぶん雨に弱く病気にも強くない。咲きつつある蕾を雨にあててしまうと傷んで咲かないことがある。粉粧楼という名の由来はよくわからない。けれどこの漢字三文字がとても似合うので、名付けた人のネーミングセンスはすばらしいと思う。
花の名前について結構長いあいだ間違って覚えていたことがある。
実家は古い家だった。それなりに広い庭があったけれど、茶花ばかりで子供にしてみると地味であまりおもしろくない庭だった。そんな中にひときわ大きくて目立つ紫色の花らしい花が咲いていた。水やりをしている祖母に名前を聞くとテッセンと教えてくれた。それで、なるほどこの庭でこれほど目立っているのは洋風の花だからだ、と思った。私にはテッセンというのがシャウエッセンとかデリカテッセンのように、カタカナ表記の外国語の音に聞こえたのでそう思いこんだのだった。
すっかり大人になってからその花がクレマチスと呼ばれていることに気が付いた。テッセンだったはずだと調べてようやくテッセンがクレマチスの和名で、しかもこのテッセンは「鉄線」であることを知った。つるが細く強いのでこの名が付いたらしい。室町時代に中国から渡来し、茶花にも使われる。確かに床柱に掛けて生けられても和室に馴染んでいた。
あのとき祖母はテッセンではなく鉄線と言ったのだ。この長きに渡る勘違いを報告すべき祖母はすでにこの世を去ったあとだった。