ミツコのにおい

mitsouko

ある演出家がはじめて海外公演に出掛けたとき、空港で「ミツコ」という香水を見つけた。その演出家の奥さんの名前はミツコだった。異国の地で偶然に妻の名前のついた香水を見つけるなんて絵に描いたようでずるい。そのエピソードが好きで聞いて以来時々思い出す。
「MITSOUKO」はゲランの名香、クロード・ファレールという小説家の日露戦争を書いた小説のヒロインであるミツコにインスピレーションを得て創られたという。その小説を読んでみたいと探したけれど、既に絶版で簡単に手に入りそうになかった。

10年くらい前に一度ミツコを嗅いだ。その時は自分がつけるには重たすぎると思った。香りのおぼろげな印象しかもう残っていない。改めて嗅いでみたくなったので百貨店に向かった。
ブランドロゴがひしめく百貨店の化粧品売り場。色とりどりに牽制し合いながら混ざってフロアを満たす化粧品の瘴気。そういうものに気圧されない女にいずれ自然となるのだと思っていたけれど、全然ならない。
ゲランのブースを見つけ、髪をきちんとした年下かも知れないお姉さんにミツコを嗅ぎたい旨を伝える。試香紙と手首にトワレを噴いて、天然香料を使用している香りは擦ると香りが潰れると言われていますので押さえる程度で結構です、と黒い扇子で手首を扇ぎアルコールを飛ばしてくれた。
ミツコが調香されたのは確かかなり前だった。いつ頃の作品ですかと尋ねたら1919年、97年前ですとのことだった。
その日はミツコを嗅ぎながら過ごした。つけてすぐのベルガモット、柑橘はすぐに引いて、そこから基調になる静かで濃度のある甘さが出てくる。香料名にピーチがあげられているけれど、私の鼻はどうもその桃の印象を捉えられない。アニマルやバニラの厚みのある甘さが、シダや苔、ウッディのシャープさで抑制されながら、体温に混ざって品が漂ってくる。ファストファッションの軽やかさには合わない重厚感があるし、やはり若い肌よりは歳を重ねた肌に親和する。だから20代のときよりはまだ取り付く島があるというか。嗅ぎながら「いきの構造」が浮かんできた。九鬼周造がいう媚態、意気地、諦めは、香りにしたらこんなふうじゃないかと思う。
自信を持ってミツコをまとえるよう加齢するというのを自分に仕掛けて歳をとってみることにした。

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