Dear my sisters

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妹に同性のパートナーがいると知ったのは昨年末のことだった。家族で集まった帰り道、妹の車で送ってもらっている途中に、実はお付き合いしてる人がいて、その人女の子やねん、と運転中の妹は前を向いたままそう言った。私は助手席で前を向いたまま聞いた。

その言葉は私の耳の内で瞬時にカミングアウトと訳された。実際そう呼ばれる告白なのだが、同性であるというだけで、姉に付き合っている人がいるという報告が「カミングアウト」なんて言葉になってしまうのは、冷静に考えると変である。けれど現時点で、まだ私の認識はそうなっているのだと実感した。偏見はなくても、なんでもないことではなかった。

しかし同性であれ異性であれ、妹に大切な人ができたこと、何より話してくれたことがうれしかった。やっと出会えたのだなという感じがした。それでやや感極まっているのを悟られないよう、努めて前を向いたままでいた。よかったうれしいよかった私は応援する、というようなことを繰り返した。付き合ってもう一年経つという。妹がすぐには話せなかったことは確かで、他の家族にはまだ伝えていなかった。

それまで妹はあまり恋愛について話さなかった。うちは三姉妹で、その妹は末の妹である。もうひとり真ん中の妹がいるが、私や真ん中が、彼氏できたかい、好きな人いないのかい、とちょっかいを出しても、いーひん、ない、と素っ気なく返されるのが常だった。恋愛にあまり興味がないのかも知れないとある時期から冷やかすのはやめにした。なんの悪気もなかったけれど、その時は彼氏以外の可能性があることを想像していなかった。妹の中にはいろんな思いが渦巻いていたかも知れない。

家まで送ってもらい妹と別れたあと、おかえりと鳴いた猫に顔をうずめて私は泣いた。大半は喜びで、あとは何も気付けずこれまで相談にも乗れなかったこと、妹が言葉にするまでの逡巡などを想像すると、いろんな思いが混ざって目から放流された。猫は迷惑そうにしつつ持ち前の柔らかさで吸収した。

年末年始の休みに妹はスペイン旅行に行く予定で、その旅行は彼女と一緒に彼女の実家へ行くのだとその時に聞いた。彼女はスペイン出身である。ふたりは日頃、日本語と英語を駆使してコミュニケーションをとっている。
彼女の方は自身のセクシュアリティについてもう家族に話している。ご実家はカトリックで同性愛は罪とされるので、カミングアウト当初は受け入れられずトラブルが起ったという。けれどその後、時間をかけて家族も彼女のことを理解してくれた。だからこの度日本から恋人を連れて帰り、ホームステイすることも大丈夫なのだという。他方ではもう両親に紹介するところまで話しが進んでいるのに、こちらではようやく姉がひとり知りましたという段階である。彼女に申し訳なく思った。
最初驚くかも知れないが、うちの家族に話してもまず否定はしない。皆受け入れるに違いないから折をみて話してほしい、そして来年はきっと彼女を紹介してくれと妹に伝えた。

LGBTについては関心のあるトピックであったし、友人もいる。けれどもっと知りたくなった。同性カップルが日本で暮らしていくことについて具体的に知りたくなった。
知ってのとおり日本では同性婚は認められていないが、パートナーシップ制度は市町村によって導入されている。しかしこの制度では婚姻関係は認められず、財産分与や税制優遇なども受けられないし、パートナーの扶養に入ることもできない。
パートナーが危篤のときに病院で面会を断られたり、どちらかが外国籍だった場合に配偶者ビザはおりない。戸籍上は他人である。子供を育てようとするとこれもまた複雑で、同性の二人が両親ということにはならない。
だから制度を申請しても、異性間の結婚のように籍を入れることにはならず、正直名目だけのようなところもある。けれどまだ口にすることさえ躊躇する風潮であるから、社会的に認める態度を広めていくためにも、まずは導入すべきである。もちろん同性カップルにもいろんな恋愛の形態があり、結婚を必要としない人もあるだろう。しかし必要とする人がいる限り選択できるようにすべきである。つけ加えて言うと夫婦別姓もさっさと認められるべきだ。こうありたいと願う人たちの意向を退けてまで守らなければならないこの国の家族の形態と秩序とは何なのか。

私は京都に住んでいるのだが、まだパートナーシップ制度は導入されていない。近いところでは今年に入って大阪府全域で導入された。京都はまだ検討中の欄にすら入っていない。
妹の話しを聞きながら、ふたりは一緒に暮らしていきたいのだろうと察せられた。私はとにかく彼女らが、自分たちのことを隠さなければならない状況だけは変えたいと思った。ふつふつしながらその日のうちに京都市にパートナーシップ制度の導入を提言するパブリックコメントを一気に書いて提出した。

年の瀬、スペインにいる妹と彼女へ、来年は会おうと猫と写真を撮ってLINEを送った。彼女が大きなクリスマスツリーの前でHiと話す動画が返信されてきた。エディット・ピアフのような笑顔だった。

年が明けて妹は旅行から帰ってきた。向こうではご家族の温かい歓迎を受け、おばあさんまで手料理を用意して待っていてくれたそう。親族の集まるパーティーにも参加し、スペイン語は全然わからないけれど楽しく過ごしたという。ちなみにスペインでは2005年から同性婚が合法化されている。旅の写真を見せてもらうとふたりで並んだ写真がたくさんあった。おそらく外を出歩くのも日本よりずっと気楽であったことだろう。

帰国後すぐに妹は母と真ん中の妹にも話した。母はほとんど驚かなかったという。薄々勘付いていたのかも知れない。そして父にも伝わった。いちばんどう反応するのかわからなかった。けれど父も会社でLGBTについて研修を受けていたことなどもあり、妹のことをわかってくれた。

それからいろんなタイミングが重なり、案外早い段階で彼女とうちの家族が顔をあわせる日が訪れた。実家に集まって夕飯を食べる流れになり、母と私は白菜と豚肉の中華風鍋の準備をした。真ん中の妹とその息子5才と2才も来ていた。
ふたりがやって来た。彼女は思ったよりも小柄で、ますますピアフのようだと思った。5ヶ国語を話せるそうだが、日本語も日常会話はほとんど問題なくできる。
鍋をつつきながらスペイン旅行のこと、文化や食べもののことなどを話す。甥っ子に巻き込まれて、皆でニンテンドースイッチのマリオパーティーをやる羽目になった。でもそれでかなり打ち解けた。子供と任天堂はすごい。
妹と彼女の仲の良い雰囲気も伝わってきて、もはや同性パートナーだということは何ら気にならず、家族に馴染んでいた。むしろなぜパートナーが異性でなければならないのかと思うほど、一緒にいて居心地がよかった。本当に普通のことだと思った。そして尚更これを普通と見なさない世の中に対してますます憤りが募った。

彼女と話してみると、片言の日本語の会話でも聡明な人であることがわかる。今は留学ビザで日本にいるが、このまま日本で暮らしていきたいという。ふたりは今年、家を探して一緒に暮らそうと計画をしている。甥っ子たちもすっかり彼女のことを好きになった。そんな甥っ子たちの姿が何より希望に見えた。彼らには普通のことになる。勉強して理解しなくてもいいことになる。

LGBTや同性パートナーへの理解は若い世代には浸透してきているし、パートナーシップ制度も次第に導入され、同性婚もいずれ認められるようになるかもしれない。しかし近い将来というのでは遅い。今でもすでに遅いのだ。待っているのでは遠い。これまでも、今もなお、ただ当たり前に暮らすために戦っている人たちがいる。

私は早くなんとかしたい。彼女たち、そして同じ状況にある人たちが思うように人生を歩めるように。もちろん制度だけの問題でない。同性婚を認めて欲しいと思うのは、彼女が外国籍であることも理由の一つである。この国を選んでくれるなら安心して留まり、暮らせるようにしたい。そのためにまずはこれを書いた。

この記事の掲載を快諾してくれた妹と彼女にこの場を借りて感謝を伝えたい。

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