
堰を切ったように
積年の
赤裸々が
腫れ上がり
本日は
晴天なり
おお
サンショウウオの
表面を旅し
荼毘にふしても
焼けのこる
生やけの
どっちつかずな手足が逆に
なまめかしいね
仮死の
歌をうたって
飢餓の
都に雨を呼び
したたかしたたか
雨降って固まった
地を割る草の
したたか酸素
肺呼吸皮膚呼吸
生活に取り入れて
積極的に
したたる血
十全に
巡らせよ
mimacul website

堰を切ったように
積年の
赤裸々が
腫れ上がり
本日は
晴天なり
おお
サンショウウオの
表面を旅し
荼毘にふしても
焼けのこる
生やけの
どっちつかずな手足が逆に
なまめかしいね
仮死の
歌をうたって
飢餓の
都に雨を呼び
したたかしたたか
雨降って固まった
地を割る草の
したたか酸素
肺呼吸皮膚呼吸
生活に取り入れて
積極的に
したたる血
十全に
巡らせよ

寒さが増すほど布団は地球とは別の引力を帯び目蓋は重く、ガス代と電気代はゆるやかに上昇し、季節は冬へと移行する。
土鍋とパネルヒーターをメルカリで買った。土鍋の方には出品者から直筆のお礼の手紙が添えられていた。大阪で50年食器屋を営む75歳の、筆跡から見るとおそらく男性。ついに店を閉店することになったけれど愛着のある品々がまだたくさんあって、それらを出品しているらしかった。だから外箱は実家の押入れの奥底から発掘される忘れ去られた引出物のようにそれなりに古くなっていたけれど、中身は新品だった。手紙の最後には本名を出せませんのが残念ですが、と書き添えられていた。フリマアプリをあまり使ったことがなかったけれど、こういうシステマティックな売買の中にも、何だか人の良きものと交差するようなちょっとした出会いがあるのだと思った。定価の半額程で手に入れたこの鍋を長く大切に使うだろう。
電車の駅で、ホームのベンチに座っている男性が膝の上に置いたチラシの束を1枚1枚丁寧に読んでは丁寧に破いて足元に捨てている。特急にも急行にも鈍行にも乗らない。そのため足元に白い小山が出来ている。
秋のばらが咲いている。冷えた朝に陽の光を探して慎重に香りをほどくばらには、春の陽気に溢れるように咲くばらにはない魅力がある。熱に奪われないぶん色も香りも濃く深い。
バスの運転手が反対車線のバスとすれ違うときに、ちょっと手をあげて挨拶をするのを見るのが好きなので、バスは極力運転手の真後ろに座る。ある朝、乗っているバスと別会社のバスのすれ違いざまに、異なるバス会社同士で挨拶が交わされた。それを目撃したのははじめてだった。
あんまんを求めてコンビニを3件渡り歩いたけれどどこにもない。
夜、パチンコ屋の前を通るとチカチカする音と強い芳香剤とたばこのにおいが漏れてくる。あの音と光の騒々しさのなかでその強いにおいを呼吸し続けると想像するだけで頭が痛くなる。ただ店先から3mくらい離れたところで外気に薄められると、パチンコ屋のにおいはなぜか嗅がずにおれない官能的な印象の香りになる。それを嗅ぐためにパチンコ屋の前をかすめて帰る。

輪郭をうるませて
硬度を手放す鉱物の
恍惚に乗じて
にじんだ指紋をかき混ぜる
認証できない指先で
誰でもないひとに触れ
不定形な肌の合間
足をとられているうちに
水晶体がこぼれ落ち
同時に世界は散乱し
魚眼や魚卵のつぶつぶに反射する
洗濯日和が
キレイキレイ
剥がれた雲母 と
溺れた水母の漂う午後3時
割った膝と皿の余韻に
見上げればうろこ雲の
宙を泳いでいる眼
波打ち際の半透明は
そのうちに息絶えて
満ち潮がさらう
ちょうど明日は燃えるゴミの日
滞りのない金曜日

友達の猫をあずかっている。
演劇の海外公演で飼い主が3週間留守のあいだうちにいる毛足の長い女の子。すずという。すずは長い毛のせいもあって手足が短く見え、しっぽも隙間用ほこり取りのような太さで、部屋を横切っていく姿は猫というより申し訳ないけれどたぬきに見える。足の裏の毛も長いので、高いところにジャンプで乗ろうとするとき、肉球のグリップが効きにくいようで、よく失敗してずり落ちている。眉間のあたりを撫でられるのが好きで、みゃ、みゃ、くるる、と短く高い声で鳴く。まぶしいのは苦手なのか顔を手で覆うポーズで寝ていることがよくある。最初の3日ほどは洗濯機の隙間からまともに出てきてくれなかった。手を伸ばすと怒る。近くにキャットフードと水と猫砂を置いてそっとしておくと恐る恐る部屋の中を探険するようになった。猫からすれば初めて来た場所に置き去られて何が起こったのかわからないから怖いに決まっている。うちに来てから2週間過ぎて、ここを居場所として認識したのか諦めたのかそれなりに馴染んだのか、今では布団の足元で毎晩一緒に寝ている。いびきみたいな寝息が聞こえる。居心地よさそうに見えるけれど、やっぱり心のどこかで飼い主を待ったりしているのだろうか。ある夜きらいなかばんの中に入れられた。あのかばんに入れられるといつもろくなことがない。空気のにおいがかわった。いろんな音がする。さらににおいの違うがたんがたん揺れる箱に入った。それから暗い道をしばらく行ってどこかについてかばんが開いた。明るいどこかの知らないにおい。知らない人が鳴きかけてくる。しばらくするといつも一緒にいるあの人はいなくなって、そのまま戻ってこなかった。帰りたい。いつもの布団でいつものように眠りたい。ここには知らないにおいしかない。帰りたい。でも帰れるかどうかわからない。たぶんもう何日も経った。ここでも毎日ごはんはあるし温かいけど、ほんとはやっぱり帰りたい。猫の小さな頭の中に飼い主の姿が、私たちがするように思い出されたり、帰りたいと願ったりしているのだろうかと、すずの金色の目をのぞき込むと鼻が近づいて、猫の挨拶をした。

日曜日。台所にいたら隣の家のお風呂場から十数える声が聞こえてきた。十数えたらあがっていいというのは、今もやるのだなと思った。子供の体が湯船からあがる軽い音、そのあと大人の男がざばっとあがる音。夕方まだ6時前だから晩ご飯はお風呂のあと。
壁を隔てた台所ではココナッツミルクでかぼちゃを煮ていた。1日目はスープ、2日目にはかぼちゃがやや溶けてシチューになり、3日目飽きたらカレー粉を入れてタイカレーのようにして食いつなぐので鍋いっぱい。ナンプラーとライムリーフも合わさって部屋は南国のかおりになり、室温も心もち上がる。かぼちゃに竹ぐしを刺すとスっと通ったので火を止める。きっとこういう自分の好きなものを、好き勝手作って食べるのとは違った献立が隣の台所では用意されていて、日曜日6時のテレビといえば笑点。テレビがないので今もやっているのか知らないけれど、久々に耳の奥に残っているオープニングの曲を再生してみたら、実家の居間の細部も連れ立って起きてきた。千代紙が貼ってある牛乳パックのペン立てなどが。
暑くなくなって揚げ油を使うのが億劫ではなくなったから、今日はエビフライかも知れない。近所のスーパーで海老がお買い得だった。海老は爪ようじで背わたを抜かれ、丸まらないようお腹の方に切り込みを入れられて、小麦粉たまごパン粉のち180℃の油で泳がせる。レタスを敷いてマヨネーズを添えて彩りにプチトマト、手間のおかげでまっすぐなエビフライの整列をよそに子供は油ついでに揚げられた冷凍フライドポテトばかり食べて怒られる。でも揚げたてのフライドポテトに手が止まらないのはしょうがない。だからといって自分ひとりのために揚げ油を出す気には到底ならない。そういうときのためにマクドナルドは存在する。
かぼちゃのココナッツスープにドライパクチーを振る。生パクチーほどの香りはないけれど、乾燥した葉が湯気に起こされて、独特の青臭さがよみがえる。フライドポテトを食べてる子供にこれを嗅がせたら、虫のにおいすると言うに違いない。

あら炊きの
骨からほどける
身をはこぶ
箸の先端
ふるえるゼラチン
煮こごる夜に
空耳の
月光ソナタ
あかあかや
身を乗り出して
骨からこぼれた
我が身のゆくえ
私も知らない
白く濁った
目の玉すする
塗りの汁椀
あかあかや

イヴォンヌ・レイナーというポストモダンダンスの振付家がいる。ポストモダンダンスというのは、1960年代にアメリカで起こったそれまでになかったダンスを創造しようとするムーヴメントで、例えば日常的な動きや、ダンスとして洗練された動きからは逸脱した動作をダンスとして見る視点を持つところから、そういった体のありようをダンスとして肯定し、実験的な作品を上演するという試みが盛んに行われていた頃のダンスのことを言う。既成の美的価値観や舞台芸術におけるスペクタクルを否定し、新しいダンスの可能性、方向性がさまざまに模索され、その中心であったニューヨーク・ジャドソン教会派の代表的な振付家イヴォンヌ・レイナーの仕事に関する展示を見る機会があった。
このイヴォンヌ・レイナーという人は振付作品を作ったり踊ったりしていたけれど、途中で映画製作に移行し、それから数十年を経てまたダンスを作り始めるという少し変わった遍歴をたどっている。今回の展示では期間中に映像作品や本人についてのドキュメンタリーの上映、振付作品のショーイングも行われた。
イヴォンヌ・レイナーの代表的な振付作品は『TrioA』という。どんな作品かというと、高く飛んだり鋭く回転するような技巧的な動きを排した、一見して前後の繋がりのない簡素な動きの連続で構成された数分のダンスで、いわゆる舞踊的優美さはない動作のように見える。けれど日常的な身振りをしているわけではなく、表面張力ぎりぎりのところで維持されたダンス、という感じのダンスである。そのような振りを自らのダンスとして選び取った体は何に抵抗し、拮抗した末にこのような型をあつらえるに至ったのかと本人がソロで踊った映像を見る度思っていた。スペクタクルも躍動も官能も排して踊ろうとしている。平坦なところから、何もなさから、ダンスでしかない裸の状態を。ある人がある場所に生まれて、既にあるものを借りるのではないやり方で、生きるよりさらに生きようとするときの問いを映像の踊りからは感じた。
今回ショーイングで『TrioA』は年齢性別ダンス歴の異なる5人の日本人ダンサーによって踊られた。実際に踊る人の体を見ながら、本人が踊る映像を見ているときは一見して簡素な動きに見えたけれど、これを踊るための踊りの文法を案外要請していることがわかった。ダンス的な動きを排したと言っても足の運び、所々の体の使い方には西洋的なダンスのメソッドの印象が色濃くある。数人のダンサーの動きを同時に見ながら私の目にこの振付けは、バレエの基礎が血肉化された体ほどよく踊られているというふうに見えた。つまり型が要請する動作、方向性が明瞭に体に伝達され、わかりやすい視覚的快楽でなくても、前後の潤滑さを欠いた動きや観客をいないものとして扱うように操作される視線の複雑さを再現しようとするときに生じる緻密な体には蜜の味があり、表面張力に留められた躍動に体が接続したとき、踊りの良さを感じた。けれど同時にそれではそもそも『TrioA』が作られ、踊られた意図とは違うものを見て取って良しとしているのではないかという疑問があった。この振付けが「ダンス」に抗したものがあったはずだった。ポストモダンダンス以前の表現主義舞踊の価値基準から漏れる体の踊る方向を探し、むしろダンスから切り捨てられるような動きから模索されたダンスだったのだとしたら、現在においてこの型を介し観客は何を見るべきなのか。踊り手はこの型から何を踊るべきなのか。動きは一見努力次第で誰でも出来るように見えるけれど、前提としてこの型による制御が作用し拮抗する場としての踊れる体を、少なからず必要としていると思ったのだった。そこに見えない基準を見てしまった。私は観客としてこのダンスをそれに準じて見、差を見てしまった。その差異は必ずしも個々の良さとして受容されるものではなく、振り分けられる良し悪しの感覚が浮上した。ことダンスを見るときに何よりそういうものを見たくないと思っているけれど、そう見えてしまったことは自分でも嫌だった。ある時代のある場所においてセンセーショナルなダンスとして発表されたときの観客の目に見えたものと、それから半世紀の時を経て、それ以降のダンスのありようも知りつつ、さらに別の文化背景をもつ場所の観客の目に見えるものは違うということはどうしてもあるだろうけれど。
いつの時代であれ個々の体は正しく氾濫すべきであるし、ダンスは誰の体にもあると思っている。
イヴォンヌ・レイナーの仕事に触れて最終的に心に残ったのは、徹底的に個であれということだった。それはある時代ある場所で生きる当事者であるということを引き受けるということで、何をするにせよ、その宿命が個である体に映り込むまで何かを作ることを、私はしたい思った。つまり現在を生きる自分の体からダンスを取り出したいという欲望を持った。イヴォンヌ・レイナーの仕事、特に『TrioA』とは私にそういう痕跡を残したダンスだった。

左膝が痒い。
地域の運動会があった。今年の春に引っ越した先の町内はわりと結束が固く、行事にも積極的で、引っ越しのご挨拶をした段階でまだ走れそうな年頃と見込まれ、秋に運動会があるからと期待されていた。
そしてその秋がやってきた。当日の朝8時45分、半覚醒の体を引き連れて小学校の運動場に集合する。町名のゼッケンをつけた老若男女が列になって入場行進から始まる。優勝旗返還、選手宣誓、造花ならぬ造火をもった聖火ランナーが運動場に入ってくる。開会式の一通りが終わると準備体操。久しぶりのラジオ体操。各運動の短さと早さに筋は伸びる隙を与えられず、あっという間に終わり最初の出場種目玉入れ。1球も貢献できた気がしなかったけれど我が町内は1位だった。戻ってくると茶封筒を手渡された。出場すると景品としてラップやティッシュの日用品がもらえる。さらにこの地区では1位になると最寄りスーパーのお買い物券600円が出ると知り、俄然気合いが入る。
左膝が痒い。
続いて100m走。走るのはわりと得意だったし、同年代と走るなら勝てる自信があった。年の若い順、小学生から走って行く。ピューマのような顔つきの手足の長細い双子の兄弟が目の前を駆け抜けていくのに目を奪われる。人数の関係で私が一緒に走る他3人は体操服で、どうやら10代だった。並んだときの背格好に大差なくても、私が酒を飲めるようになった頃ようやく初乳を口にしたような人たちで、しかも休みの日に地域の運動会にちゃんと出るような中学生は、それなりにちゃんと走るに決まっている。勝てないにしてもあまりに無惨な差をつけられるのは癪なので、最初からそのつもりではあったけれど、本気で走る気合いを入れなおしトラックの位置についた。
左膝が痒い。
ピストルがなる直前の後頭部が引きつる感覚。出遅れないタイミングで音と同時に最初の足を踏み出す。いちばん内側のコース、スタートは最後尾、前を全力で追う、運動場の軽い砂の色、前を走る人の後ろ姿、観客席、校舎、秋晴れの空が視界を流れていく、もういちばん早く走れた頃の速度は出ていないだろうけれど、自分の最高速度に乗った体の感じは鮮明に甦っていた。狭い運動場いっぱいいっぱい実測100mないかも知れないトラックの最終コーナーを曲がって、前のふたりは抜けそうにないけれど、横を走っている子とは競っていた。抜けるかも知れない、最後の数m直線、と思ってスピードをあげようとしたとき、その一歩目の左足が出なかった。あ、と思った。足がイメージに追いつかない。足が出ない、ということはつまりもう転ぶしかない。前傾になった体が倒れていく倒れていく倒れていく。地面。膝の皮フが砂地でこすれて擦り剥けるなつかしい痛みが体を走る。疾走するイメージはその体を置いて走り去っていく。場内がやや沸く。普通に恥ずかしいのと同時に運動会の雰囲気に貢献できたことはちょっとうれしい。すぐ起き上がり石灰の白さをまとってゴールラインまでたどり着く。そして来年は多少走る練習して出ようと思った。
運動会から一週間ほど経って治りかけた瘡蓋の左膝が痒い。

ものやひとになぜ愛着というものを感じるようになるのだろうか。
愛着は「わく」というけれど、わくというのは勇気がわく、疑問がわくなど、自ずと起こってくる心情をさすものだったり、水がわく、虫がわくなどの意図していないところからあるものがあらわれ出るさまをさすときにも当てられる。
愛着を「もつ」ともいうけれど、もつという語感にはそれを手に取る能動の動きが含まれている。愛着というものを考えるときに「わく」と「もつ」だったら、もつよりもさらに自ずと起こってくる動きとしてあらわすことのできる「わく」の方がしっくりくるように思う。愛着とはものであれ生きものであれ、ある対象にその他のものと区別された特別な親密さを抱くということで、ある程度の時間の経過のなかで醸造される。馴染むというのにも似ているけれど、馴染んだところからさらに手放しがたく親密に感じられるものを別個にそんなふうに呼び、それをできる限り大切にしようとする。
愛着は油田から石油がわいてくるのを見ているように外側に起こることではなく、わくという感覚を自分の内側に感じる。だとしたらまだ無記名の愛着の種や源泉のようなものがあらかじめ身の内にあるのだろうか。何かのきっかけでそれが芽を吹いたりふ化したり噴出したりするのだろうか。
けれど対象によって誘発される感覚であると考えると、自分以外の他者の存在に出くわすことによってしか出現しないものであり、やはり自分ひとりでは愛着のわく場所を掘り当てることができない。発見された水脈からわいた水が溜まっていく。水辺にはいろんなものが生息する。人生の先々にビジョンがはっきりあるわけではないけれど、水の溜まる広い場所を体のなかに持っていたいとは思うのだった。

8割くらい翻訳サイトの力を借りながら英作文をしていると、この不自由な記号でしか疎通できないのかと思えてくる。
意味をもった文字配列である単語と単語をつらねてどうにか文章にする。けれどとても角張っていて、文章の伝えたい旨に含まれる質感を流し込めている感じがしない。まず表現を選べるほど語彙もなく用法も知らないので選択と工夫の余地がない。ただ代表的な記号を選んでいるといった感覚になる。使い慣れなさに当たったときに言葉の不自由は際立つけれど、普段使い慣れている母国語だって記号で、ものを考えるとき、誰かに何かを伝えたいときにもこの形式を借りている。借りものだけれど返すあてもないから、自分のもののように使っているうちに癒着してはがれなくなっている。ひらがなはそばにながれ、カタカナは遠くからいらして、漢字はちょっと苦い。用法も語彙も言いまわしも見聞きしたものの集積で、これまで生きてきた時間と共に体に織り込まれて記憶された体感を伴っている。だから記号と言いつつそのように捉えていないところもある。読むにせよ書くにせよ、私というものは言葉によって作られていると思うふしもある。なので言葉から自分を掘っていくことや変形させることもできると思っている。
誰もが180度開脚する必要がないのと同じように、日常生活を送るのに支障のない伝達手段として言葉が機能していれば、それで生きる上では困らない。けれど加齢と共に関節が軋んだり、ものの考え方が固着していくように、言葉もそれに対して意識的にならなければ放っておかれたまま硬化していく。なんにしてもある程度やわらかいほうがいい。
言葉はわかっていることや言えることのためというより、わからないことや言えないことのためにあるように思う。人と会話をするときは、交わされる言葉の意味による疎通が目的というより、言葉を交わす相手とのあいだで意味から漏れるもののやりとりをする時間を支えるものとして言葉があるように感じる。だからこそ、言葉を選ぶ。
こんなふうに読まれるものを書いたり、創作に言葉を使うときは、現実的にはいつも書けるものしか書けないということがあって、それに並走して書けないもの、書きそびれるものが無数にあるということを思う。けれどそれが書く原動力になっているということがある。書きたいことがあるのでなくて、書けないものがあるからまた書いている、ということがある。